忘れないで
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五浦(いづら)には一度行ってみたいと思っていた。北茨城市大津町にある。阿武隈高地の支脈が太平洋に突き出してつくる断崖と入り江を持つ海岸景勝地。W字型に入り込んだ入り江が五つあることから五浦と呼ばれる。岡倉天心が横山大観ほか門下生と共に日本美術院を移した場所、朱塗りの六角堂だ。岡倉天心の本を読み興味を持ったのだ。近くに3年ほど住んでいたがなかなか行く機会がなかった、何時でも行けると思うとなかなか行かないもののようだ。タマタマ行った会場では松島トモ子さんのリサイタルショーが開かれていた、色紙を貰った。その色紙は大切に飾ってある。「出会い」と書かれている。出会いは別れの始まり、出会わなければ、こんな悲しい思いも、苦しい思いもしなかっただろうにと、悔いる事も多々あるが出会いは大切にしていきたい。最近松島トモ子さんをテレビで見ない、子供の頃「トモ子ちゃん人形」というのがあった。超可愛い人形だった、あんまり汚れたので風呂に入れたら真っ黒になってしまった。お湯で洗ってはいけなかったのだ、セルロイド人形、叔母さんに良く似ていた。その叔母さんも今はいない、叔母さんと一緒に歩いていると誰もが振り返った、綺麗な人だった,日赤の看護婦さんだ。
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若い頃は馬に拘った。遠くない場所に
競馬場があった、父親や叔父さん達に連れて行って欲しいと嘆願したが返事をしてくれなかった。父親はギャンブルをやらない、叔父さん達は馬券を買って貰っているようだった。私は馬の絵を描きたかっただけだった。馬事公苑や、馬場に行った。草を大人しく食べていると思えば、首を振る、尻尾を振る、体を動かす、走り出す。動くなといいたいが仕方が無い。なかなか難しい。20歳代の頃の作品だ、現在の自分には描けない。
1頭の馬の絵はキャンバスが買えなかった頃、家具職人の父親がベニヤ板を刻んでくれた。そのベニヤ板のサイズが変だった、普通の額には入らなかった。サイズを間違えたのだろう、額を父親が作ってくれた。2頭の馬の絵はSMサイズだ、此れを出品すればよかったかな?まかり間違って売れてしまったらと躊躇してしまったのだ。まずそんな事は無いのだ。
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額と画材が欲しかった。日本橋の丸善に行ってみた。確かこのあたりだったはず、キョロキョロと周りを見渡すがない、店を閉めた事を思い出した。子供の頃から絵が好きだった、その頃は水彩だった。油絵がやりたかった、画材を探した、なかなか気にいったのが無くやっと丸善で見つけた。画材一式を買った、絵の具箱は10、000円した、イーゼルも10、000円だ。木に拘った、まだ大切に使っている。さすがにパレットは汚くなったので捨てた。上野まで足を延ばそうと思った、潰れていたら嫌だなとも思った。「東美」が何時もと変わらぬ場所にあった。額とキャンバスを買おうと思った。セール中だった。額は色々な種類のがあった、自分の絵の邪魔をしない額が欲しいと思った、装飾を施していない木の額が欲しかった。「此れ幾らですか?」「お客さん御目が高いな10,000円、其処に見本があるでしょう、値段も書いてあるでしょう」「良いんだけど、10,000円では私には買いきれない」良いんだけどな、他のにしよう。「お客さん6,000円で良いよ、家に来てくれるお客さんはこの値段の買ってくれないから、置いていても売れないから」「5、000円にしない」「其れは勘弁してよ」「そう、潰れてないかと思った、40年前位に額買いに来たの」「まだ潰れないでやってますよ」この額に入れて出品すれば良かったかな?。
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上京した。久し振りの東京だ、人・人・人でマゴマゴした。嫌になるね東京育ちなのにまごつく。友達からは東京の田舎っぺと呼ばれていた。友達と何処までも歩いたものだ、方向は友達任せ、上野から秋葉原まではよく歩いた。今回の上京は有楽町にある交通会館に作品を搬入するのが目的だった。会場には既に沢山の作品が展示されていた。どの作品も素晴らしいので少々引け目を感じた。額も作品にピッタリマッチして素敵。自分の額は途中で買った。良く考えれば若い頃買った額だ、気に入った額ではあったが40年も経つ、余りにも失礼だ、無かったら仕方がないが額を入れ替えた、大忙しだ。近代日本美術協会主催の全国サムホール公募展だ会期は今日から22日までだ。オークションだ、売れるとは思わないが最低販売価格を5000円にした。作品名「果菜」である。銀座をブラブラした、有楽町から東京駅まで歩くつもりだった。見渡す風景が変わり方向性がチットも分からなかった、三越と松坂屋だけが分かった。方向音痴は年とともに益々酷くなった、日本橋に勤めていたのに場所が分からない、時間の経過と共に忘れてしまう事に衝撃を覚えた。通いなれた道だったはずなのに忘れている。
おのぼりさんだ。
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迷いに迷った末出品することにしたようだ。近代日本美術協会主催の全国サムホール公募展だ。招待状が10枚来ていた。誰に招待状を出したのか奥さんから聞いていなかった。奥さんの留守中、招待状が届いたからと電話があった。久し振りに合いたいというのだ。翌日は彼女から奥さんの携帯に電話が入った。金太おじさんの彼女だ、何時の間にか奥さんとスッカリ仲良しになった。「隠し子です」と金太おじさんはふざけて知り合いに紹介する。彼女は「父が何時もお世話になっています」とペコンと頭を下げるのだ。知り合いは超吃驚する。美人でメチャ可愛い子だから、それだけではない行政書士の先生なのだから尚更驚くのだ。金太おじさんは彼女のお父さんと同じくらいの年齢だ、奥さんは何だかんだと相談相手になっている。「初日は無理だけど、最終日には行けるかもしれないってよ、私の作品が売れて飾ってないんじゃないかと心配してた、其れはないないといったの、オークションだものね」値段を幾らにするか?作品名を何にするかまだ迷っているようだ。「散々迷ったけど出す事にして良かった、だって忙しいのに時間を作ってワザワザ来てくれるもの、又合えるものね楽しみだな」と奥さんは嬉しそうだ。
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日本画家の堀文子さんの作品が好き。最初に目にしたのは「サライ」だったと思う。雑誌の最後のほうのページに堀先生の絵とエッセイ。連載が楽しみで最初に見る。タイトルは「命というもの」。読み進むうちに心が優しくなれる。私より先の先を歩まれている先生の足跡。何となく分かり、身にしみ、身につまされる。先の先の自分の未来なのかと思えてくる。美しい生き方と感動を覚える。自分で見て、触れて、感動した物を描かれてこられたという。画業70年余り。動植物から感動を貰い、その命で満たされているというのだ。日々老いるという新しい体験にドキドキする気持ちで、今までと違った世界を見つけようと思っているそうだ。91歳の先生の絵とエッセイ楽しみにいしています。
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コレクターが賞を選ぶ絵画展が30回追悼展を最後に終りを告げた。その後如何したらいいかと悩んだ、色々な会があるが今更と思う。大作に挑戦する気力も体力も無い。しかし絵を諦めきらないでいた。サムホールサイズの公募展の案内が届いた。SMサイズなら出来るかもしれない、其れでもグズグズと迷った。段々決められなくなった、決断が鈍くなった、歳かな・嫌だね。申し込み期限は30日だ、其れまで描けるかな?不安だった、何を描こうか?心が動く物がない。そんな時スイカが眼に止まった、此れはいいこの野菜達を描こう。満足できる作品に仕上がったら申し込む事にしよう。諦めることはない、後悔したくはない、焦らず、急がないで、他の先生方と比べることは無いのだ。一生懸命頑張って描いたら、人の心に届くかもしれない。美味しくなれ、美味しくなれと唱えながらスイカとズッキーニにトマトを描いた。人生やりたいことは全部やったほうがいい
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梅雨明けだ。今年の梅雨は空梅雨かな?水不足のところもあるのかな?。手紙が届いた、達筆だ。昔懐かしい巻紙、最後には絵が描かれている。この間の丸いズッキーニだ。「このズッキーニに軸があるといいんだけど」と先生にいわれたが、ズッキーニはなかなかそうもいかない、絵にするには軸があったほうがいいのかもしれない。収穫する時は考えて収穫したほうがいいかもしれない。電話もいい、声の調子で体の調子や心の調子が分かる。メールもいいかもしれないがチョイと心が通じない。手紙はいい、心が伝わる、字に心が表れる、相手の気持ちが分かる。手紙を受け取った時の気持ちは格別である。先生の作品には愛情が一杯、優しさ一杯だ。先生から頂いた水墨画の自然薯の絵は金太おじさんの家に来た人の眼に留まる「魚拓ですか?」とまず聞くのだ。自然薯に墨を塗りつけて紙に押したものと思うらしい。そんなことをしたら自然薯食べられなくなる。先生の絵も素晴らしいが焼芋が美味い、さつま芋を吟味しているのだろう。先生とは何時から知り合いになったのだろうか?出会いを大切にしたい、
出会いに支えられる
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