カテゴリー「心と体」の投稿

2009年12月17日 (木)

フードバンク

勿体無い・勿体無い。賞味期限が近い、包装の印刷ミスなどの理由から、まだまだ食べられる食品が廃棄されている現状を知った。品質には何ら問題がないのに余剰食品・在庫品。勿体無いな、価格が安ければ消費者は買うのにな。食べ物は命なのにその命を粗末にするとはケシカラン。フードバンクとはそんな食品を役立てる活動だ。製造・販売段階で出る食品廃棄物は年間831万トン。ドヒャと驚いた。まだ食材として使えるのが300~500万トンもあるという。栄養価の高い食材が良いことは誰でも分かる、薬を飲むより栄養バランスの取れた食材のほうが健康に良いことは知っている。しかし、安い食材を優先せざるを得ない実態。捨てられていた食べ物を生かす、命を生かす、Hi380010001 素晴らしい活動である。

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孤独死と孤立死

孤独死を孤立死と呼び方が変わった。呼び方が変わっただけ。孤独死は寂しくいいようのない悲しみが襲う。家族に囲まれていながら孤独を感じる。近隣とのかかわりのなさから来る孤独感。社会からの離脱。被災地でも仮設住宅の孤独死が問題になったが、何時も問題が起こってから、対策が練られる。貴い命が失われてからだ。孤立した人をどうサポートしていくかが今後の問題であろう。50~60代で1人暮らしで死亡した人の85㌫は男性だという。男は頑固、プライドだけが高い。男は弱くて女は強いということの表れだろうか、1人で暮らしていると如何でも良くなる。家の中を見せたくない、近所と関わりたくない。女は日頃から家事全般に慣れているから、人が来て恥ずかしくないように家の中を綺麗にしている。人との交流、社会との交流をすることが孤独死を減らすことにつながるだろう。孤独死と孤立死では響きが違う、意味合いも違う。091209_115202

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2009年12月16日 (水)

地の野菜の持つパワー

運動はきっくなるが歩く事は簡単に出来る。散歩は色々な景色を眺めることが出来るから、楽しくなる。散歩の距離ものびる。健康に暮らす為には、1日3食バランスの取れた食事。ストレスと上手に付き合いながら、自分らしくイキイキと暮らす。楽しく遊ぶ事、遊びを楽しむ事。栄養バランスを考えた食事を日常で、食べるのはナカナカ難しい。野菜不足になりがちな現代人。ファミリーレストランでも食べ放題の店でも、何処の店に入っても若者は野菜サラダを注文する。野菜サラダを美味しそうに食べている人を見て、金太おじさんは不思議に思う。奥さんはサラダバーでは必ず野菜を一品づつ味見する「やっぱり、091209_080903 091209_115201_2 不味い、甘くない」といいながら、金太おじさんの栽培する野菜の美味しさを再確認するのだ。地でとれた野菜からはパワーをもらえる。地の野菜にはパワーがあるのだ。長く続ける事が健康の秘訣である。

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悲痛な叫び

091209_115201 自分らしく生きればいいのではないか?。競争社会激化の中で生きていけない、引かれたレールの上を走れないでもいいではないか、ゆっくりでいいから、自分らしく生きていければそれで良いではないか?。大人達はイライラ、ムカムカしながら毎日を暮らしている。そのはけ口が子供達に向く、弱い立場の子供達が何時も犠牲になる。ストレスや怒り、悲しみを上手に受け止められない子供達。自傷行為をする子供達は無くならない。子供達の悲痛な叫び。手首を切るリストカット、アームカット、レッグカット。アルコール依存や薬物依存、過食に摂食障害や抜毛癖など。繰り返すうちに習慣化してしまう。気持ちをコントロール出来ない、泣き叫ぶか自傷行為するか、如何したら救ってあがることが出来るのだろう。日記を書くのが良いかもしれない。その日1日の出来事を書き記すことで、自分の感情や行動を後で振り返ることが出来る。1人で抱え込まないで相談するといい。

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2009年12月15日 (火)

死を考えたことがありますか?

自分の死を考えたことがあるだろうか?。遠くに離れた親戚から、両親の死と段々死が身近に近づいてきた。頃もそれも自分が年を取った証拠かもしれない。姉妹の死、其れでも自分の死ではない。あるとき病院の待合室での会話が何となく耳に入ってきた。「あのさ、もう駄目なんだよな、駄目ってことなんだよな、でもさ、俺じゃないんだよ兄貴の事なんだよ、俺の事じゃないから簡単に言えるんだよ」未だに頭に残っている。何時までも忘れられないでいる。人間は何時かは死ぬ、しかし、自分の死など考えたくもない、あり得ないと何処かで思っている。小学校低学年の頃、高熱に侵され、死のふちをさまよった経験がある。死者からオイデオイデと呼ばれた。川で溺れそうになったことも、ダンプに危うく引かれそうになったこともある。洗濯物が幽霊に見え、自分の死におびえた子供時代。海でまで溺れそうになったこともある。が、死の経験はない。眠るのが怖くて怖くて仕方がなく本を読みあせった。しかし、その後は忙しく考える暇もなくなった。年寄りは、明日目を覚ます事が出来るだろうか、このまま眠ったままになるのではないだろうかと、Hi380014 Hi380009001 不安で眠ることが怖くなるという。

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バレバレだぞ

負の回線経路を経つ。負は負を呼ぶ。駄目なものは何時まで抱えていても駄目なのだ。生きていく為には辛くても、見切りをつけなければならないこともある。神様は何処かで見ている。聞いている。必ず見ているから、死にたい、死にたいと思っていると直ぐに死んでしまう。悪いことをすればすぐに神様にばれてしまう。神様は何でもお見通しなのだ。悪口は神様に聞こえないように小さな声で、コソコソという。人には有り難う、有り難う。感謝してますといえば、いわれたほうも悪い気持ちはしない。オベンチャラかなと思っても悪い気持ちはしない。遠くに離れた姉さんの説だ。「良いこと言うよね、その通りかもしれないCa3c0006_1 」一回りも上の姉さんは人生経験も豊富。なるほどなるほどと感心することばかりである。

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人間としての尊厳

Ca3c0004_1 091209_162403 退院をして喜んだのもつかの間、誤嚥性肺炎で再び入院したのだ。彼女は1人で孤軍奮闘。どんなに頑張っても1人は1人、手は2つで足は2本。どうにもならないこともある。介護とは1人ではどうにもならない、誰かに助けてもらわなければどうにもならない。誤嚥性肺炎を打破する為には口腔ケアとか胃ろう手術で栄養剤を注入する方法がある。誤嚥性肺炎を引き起こさない為に主治医は家族に手術を進める。患者本人にとっては人間最大の喜びである食べる喜びを取り上げてしまうことだ。命を守るか?人としての尊厳を守るか?家族は選択を迫られる。一刻の猶予もなく選択を迫られる家族の苦しさは体験した人にしか分からない。父親も誤嚥性肺炎を引きここしたことがある、主治医の適切な処置で回復した。父親にはマダマダ体力があったのだ。口腔ケアとかで何とか乗り切り、最後まで食べる喜びを味わっていた。奥さんは最後まで人間としての尊厳は守りたい、オシメはさせないという信念を貫いた。

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2009年12月13日 (日)

とんかつ和幸ととん膳

土曜日だからか?病院は座る場所もないくらい込み合っていた。1ヶ月前と違ってマスクの人が少ない、マスクが店頭にあふれているのも分かる気がした。月に2回リュウマチの専門の先生が診察にくる。第一と第三土曜日だ、その日は患者でごったがえしていると看護士さんが教えてくれた。名の知れた有名な先生だからかもしれない、金太おじさんは男先生と呼んでいる。「検査の結果は?」と奥さんに聞かれた「休肝日を1日作って下さいといわれた」「やっぱり」病院に行く途中で琉球泡盛「久米島の久米仙」43度を買った、良いだろうこのくらいと金太おじさんは思った。買い物籠に入れてしまったら金太おじさんの勝ちだ。奥さんは何もいわない。腹が減りすぎた、久し振りに、ごはん屋の豚カツが食べたくなった「とんかつなら新しく出来た店に入ろう」奥さんがいうので入った「とん膳知っているか?」「知らない、とんかつ和幸は有名だから知っているけど、肉091209_081601 091209_113401 にむらがないから」「弁当買っただろうあれは」「誰でも知っている和幸」「遅いな」暫らくして来た、「御飯とお味噌汁、キャベツはお代わり自由ですからどうぞ」といわれ嬉しくなった。奥さんの大好きなアサリの味噌汁、金太おじさんの大好きな豚汁がお代わり自由なのだ。「アサリのほうが値段が高いのよ、お肉は安いもの」其れでも豚汁が大好きだ。

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すきっ腹と検査

091206_090101 091209_080801 091209_080902 珍しく腹が減った。昨日は早飯を食った。10時過ぎに腹が減った、うどんでも食おうと思った。「飯何時まで食べてよかったか?」「注意書き読んでみて」9時までと書いてある、喰わなくて良かった。喰えないと思ったとたん腹が減った。「何時から検査だった?」「11時40分、看護士さんが遅すぎるけど大丈夫かと心配してくれたけど、大丈夫でしょう」「大丈夫だ、何の検査だ?頼んだのか?」「知りませんよ」まあいいか。以前大学病院で胃がん健診に来ていたおじさん。昼を過ぎ午後の1時30分頃になっても呼ばれない、とうとうおじさんはブチ切れた「何時まで待たせるんだ、こちとら、朝から飯を食ってないんだぞ、如何してくれる」「申し訳ありません」昼飯も食ってないぞをいい忘れているぞと思った。やっと3時頃になって呼ばれた。おじさんは腹が空きすぎて声も出なかった。朝飯抜き・水分ヌキはキツイ。食べれない飲めないと思うと余計食べたくなる。検査は腹部超音波検査だ、金太おじさんが酒飲みだから先生が心配して検査をしたのだ。

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2009年12月 8日 (火)

夜明けを告げる小鳥の声

Hi380013 夜明けが遅い。小鳥の声がチッチッチと聞こえてきた、雨戸の隙間から日差しが刺している。6時を過ぎた。鳥の声が聞こえて朝になる。新しい朝の始まり。小鳥達は外で寝る、いち早く日の出を知り朝の光と共にチッチッチと鳴き出す。生きているから、いのちがあるから鳴く。命あるもの全てが皆、一生懸命自分はここにいますよとメッセージを発進している。生きているということは、活動すること、自分はこうしたいというメッセージを何時も発信している。ちび丸子が体中に沢山の草の実を付けて来た。自分で胞子を飛ばせない草花は動物の体に種をくっつけて子孫を増やそうとする。人間も大変だが動物も草花も生きるために努力を重ねているのかもしれない。

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