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2018年12月 9日 (日)

嫁姑の仲立ちは赤飯がする

何でかな?何でかな?心寂しい、涙まで出そうになる。大事に大事に育ててきた最後砦ちび丸子を失ったからであろうか?大切なもの全てを失った気がする。寝付かれぬ~先々への不安?先の見えない老いへの不安?其れとも現実に老化して行く自分への寂しさ?歳を取るにつれて誰しもが味わう心の寂しさが心を苛む。支えられているのに此の寂しさは消える事なく心の中を支配する。一回り上の友達が夫婦で10年ぶりに我が家を訪問してくれた、奥さんの変わり様に驚くばかりだ、介護疲れだろうか?親御さんが長生きでお幸せな事でと挨拶されるそうだが~当事者にとっては幸せとも限らない。介護経験者でなければ思いもつかぬ日々の出来事が心と体をむしばむ。嫁姑問題、元気な年寄りには~嫁さんはたまら~んと愚痴をこぼす、こぼしても問題ない相手を選ばねば大変な事になる。たまたま奥さん頂き物のもち米で赤飯を炊き、届けたのだが~生憎戦いの最中に出くわしたのだと、だが、奥さんはお二人さんとは30年の付き合い、面と向かって言いたい放題言うから、相手も本音を言うのだ。「パンもって行け」「大根ある、有るわよね」と言われ、暗闇で大根抱えて帰って来るのもな~と断ったとさ。寂しさを忘れて、今の生活を有難いと思い分相応に精一杯生きていく。

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